東京地方裁判所 昭和54年(ワ)12574号 判決 1982年4月20日
原告
矢島治夫
ほか一名
被告
原島正幸
ほか三名
主文
一 被告原島実及び被告原島征次は、各自、原告矢島治夫及び原告矢島ちづ子に対し、各金三八九万五六〇円及び内金三五四万五六〇円に対する昭和五三年八月一八日以降、内金三五万円に対する昭和五五年一月三一日以降、各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らの被告原島実及び被告原島征次に対するその余の各請求並びに被告原島正幸及び被告原島セキノに対する各請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告らと被告原島実及び被告原島征次との間においては、原告らに生じた費用の二分の一を同被告らの負担とし、その余の費用は各自の負担とし、原告らと被告原島正幸及び被告原島セキノとの間においては、全部原告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各自、原告矢島治夫及び原告矢島ちづ子に対し、各金一六四八万円及びこれに対する昭和五三年八月一八日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 当事者
(一) 原告矢島治夫(以下、原告治夫という。)及び原告矢島ちづ子(以下、原告ちづ子という。)は、後記事故により死亡した亡矢島環(当事一歳九月の女児、以下、亡環という。)の父及び母である。
(二) 被告原島征次(以下、被告征次という。)は、後記事故の加害車両の運転者であり、被告原島正幸、同原島実、同原島セキノ(以下、被告正幸、同実、同セキノという。)は、被告征次の長兄、次兄、母である。
2 事故の発生
(一) 日時 昭和五三年八月一八日午後四時三〇分ころ
(二) 場所 埼玉県所沢市こぶし町二〇番一八号先こぶし団地内路上
(三) 加害車両 被告征次運転の普通貨物自動車(車両番号多摩四四ま九七二五、以下、本件車両という。)
(四) 事故態様
被告征次は、本件車両に桃などを積んで宣伝のテープを流しながら本件事故現場に至り、エンジンをかけたまま停止させた本件車両から降りて原告ちづ子らに桃を販売した後、運転席に戻り本件車両を発進させたが、その際本件車両の直前にいた亡環に気づかず、亡環を左前輪で転倒させてれき過し、脳挫傷により前同日午後四時五〇分ころ死亡させた(以下、本件事故という。)。
3 責任原因
(一) 被告正幸
被告正幸は、本件事故当時、被告実と共同して果物販売業を営んでいたものである。すなわち、被告らは、被告正幸名義の家屋に居住しているが、被告正幸は、本件事故当時ほとんど仕事をしておらず収入が不安定であり、病弱な被告実、大学受験のため勉学中の被告征次と共に一家の生計を立てていかざるを得ない以上、その時々の状況で仕事を助け合わざるを得なかつたことは明白であり、事故当時の右の状況からすれば、被告らは家業として果実販売業を営んでいたというべきである(なお各人の生計費の区分や生計費と果実販売業の経費との明確な区別は全然されていなかつたのであり、被告らは経済的に一体をなしていたものである。)。
したがつて、被告正幸は、被告実と共同して経営する果実販売業のために、被告征次に本件車両を運転させていたものであるから、本件車両を自己のために運行の用に供していた者として、自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という。)第三条により、損害賠償責任を負う。
(二) 被告実
被告実は、本件車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者であるから、自賠法第三条により、損害賠償責任を負う。
(三) 被告征次
本件事故現場は、前記こぶし団地内の道路であるが、同団地内の道路のほとんどは居住者の通行用のものであり、一般車両の通行はなく、新聞配達、郵便配達等一部の車両が通行するのみであつて、実際上庭の一部として団地内の子供達の遊び場でもあつた。
本件事故現場もそのような道路の一つであり幅員約三メートルの車両の通行がほとんどない場所であつた。
したがつて、このような場所で、本件車両を用いて車上販売を行つていた被告征次としては、車両の運転に際しては団地の住民、とりわけ子供達に対して細心の注意を払うべきであり、発進に際しては車両の周囲の安全を確認し、かつ顧客に対し発進する旨警告してから発進すべきであるのに、これを怠り、周囲の安全に注意することなく突如本件車両を発進させた過失により、本件事故をひき起こしたものであるから、民法第七〇九条により、損害賠償責任を負う。
(四) 被告セキノ
被告セキノは、被告ら家族の中心的立場にあり、前記のとおり、被告正幸と同実が営む果実販売業につき、金銭の管理を含めて全般的な統括をしていたものである。
したがつて、被告セキノは、自らが統括する果実販売業のために、被告征次に本件車両を運転させていたものであるから、本件車両を自己のために運行の用に供していた者として、自賠法第三条により、損害賠償責任を負う。
4 損害
(一) 亡環の逸失利益
(1) 亡環の逸失利益を算定するに当たり、第一に、算定の基礎とする平均賃金については、全労働者の平均賃金額を基礎とすべきであり、女子労働者の平均賃金額を基礎とすべきではない。統計上の女子労働者の平均賃金額が低いのは、労働に従事している大半の女性がパートタイマーとしての労働力の切り売りか、結婚するまでの腰かけ的労働だからである。男子と女子とで労働能力にそれほど差があるということはあり得ないし、ことに年少者の逸失利益の計算が単なる差額計算ではなく、その者の有していた潜在的労働能力の金銭的評価である以上、男子と女子とで差を設けるべき理由は全くない。
仮に、現実の賃金獲得能力という点で男子と女子とで差があるとするならば、賃金の差額の大半は主婦労働分と考えるべきであり、これは現実の女性労働者の実態にも即している。
したがつて、亡環の逸失利益の算定に当たつては男女の区別を排し、全労働者の平均賃金を基礎として算定すべきである。
(2) 第二に、逸失利益の現在価額を算定するに当たり、稼働開始時までの中間利息を控除すべきではない。
ベースアツプは、定期昇給と異なり、全労働者に共通するものであり、ベースアツプ率は労働生産性の上昇率と物価上昇率の和であるとみてよい。
ところで、わが国が資本主義経済体制を継続していくことを前提にする限り、長期的にみて一定率以上の労働生産性の向上は必至であるし、将来長期間にわたつて少なくとも年率五パーセント程度の物価の上昇が継続することは、従来の物価上昇率や政府発表の経済見通し等に照らしてみても合理的に推測されるところである。
したがつて、将来のベースアツプはどんなに控え目にみても、少なくとも今後二〇年程度は年五パーセントを下回ることはあり得ない。
また、最近の昭和四二年から昭和五三年までの一二年間の全労働者の平均賃金の上昇率(これはベースアツプ率にほぼ等しい。)は、最低の年でも前年比六・三三パーセントであり、一二年間の平均では年率一五・五五九パーセントである。このことからも、今後ともベースアツプが年五パーセントを下回ることは考えられないといえよう。
以上のとおりであるから、亡環の逸失利益を算定するに当たつて、少なくとも今後二〇年程度は年五パーセントのベースアツプがあることを前提とすべきであつて、その場合ベースアツプによる賃金の上昇と年五パーセントの割合による中間利息の控除とが相殺されることになるから、亡環が一八歳に達する年までの分については中間利息を控除すべきではない。
(3) 昭和五五年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計の統計によれば、昭和五五年の全労働者の平均賃金は年間金二九一万七二〇〇円であるところ、亡環の逸失利益の算定に当たつては、昭和五五年から五六年及び五六年から五七年にかけての賃金上昇率各六パーセントを考慮した額を基礎とし、生活費を三〇パーセント控除し、亡環が一八歳に達するまでの期間は前記の理由で中間利息を控除せず、その後ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除することとし、本件事故がなければ稼働可能であつた一八歳から六七歳までの逸失利益を事故時の現在価額に換算すると、次の計算式のとおり、合計金四一六八万円(一万円未満切捨て)となる。
2,917,200×1.06×1.06=3,277,765
3,277,765×(1-0.3)×18.1687=41,686,910
(二) 相続 各金一二〇三万円
原告らは、亡環の父母として、右金四一六八万円の損害賠償債権の二分の一ずつ、各金二〇八四万円を相続により承継取得したものであるが、このうち、各金一二〇三万円を本訴において請求する。
(三) 慰藉料 各金一〇〇〇万円
亡環は、原告らにとつては初めての子供であり、事故当時一歳九月の可愛いさかりであつた。親として初めての子供を育てていくという喜びを奪われた悲痛さは、筆舌に尽くし難いものである。
また、被告征次らの事故後の原告らに対する対応は、誠意に欠けるものであつた。
以上のような事情を考慮すると、亡環の死亡による慰藉料は、各原告に対し金一〇〇〇万円を下回ることはない。
(四) 葬儀費 各金三二万円
原告らは、本件事故により、亡環の葬儀費として金六四万円を要し、原告らは各金三二万円の損害を被つた。
(五) 損害の填補 各金六八七万円
原告らは、本件事故により被つた損害について、自動車損害賠償責任保険から、逸失利益として金八二四万円、慰藉料として合計金五〇〇万円、葬儀費として金五〇万円、以上合計金一三七四万円の支払を受けたので、各原告につき金六八七万円の損害の填補を受けたことになる。
前記(二)ないし(四)の合計各金二二三五万円から右填補額を控除すると、金一五四八万円となる。
(六) 弁護士費用 各金一〇〇万円
本件訴訟を提起、追行するために原告らが支出を余儀なくされる弁護士費用のうち、本件事故と相当因果関係のあるものは、各原告につき金一〇〇万円である。
(七) 合計 各金一六四八万円
以上のとおり、原告らの有する損害賠償債権は、それぞれ合計金一六四八万円となる。
5 そこで、原告らは被告らに対し、各自、原告両名に対し各金一六四八万円及び右各金員に対する不法行為の日である昭和五三年八月一八日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1(一)及び(二)の事実は認める。
2 同2(一)ないし(四)の事実は認める。
3(一) 同3(一)の事実のうち、被告らが被告正幸名義の家屋に居住していること、被告実が果実販売業を経営し、大学受験のため勉学中の被告征次に果実販売のために本件車両を運転させていたことは認め、その余の事実は否認する。
(二) 同3(二)の事実は認める。
(三) 同3(三)の事実のうち、本件事故現場が車両の通行がほとんどない場所であること及び被告征次に過失があることは否認する。その余の事実は知らない。
(四) 同3(四)の事実は否認する。
4(一) 同4(一)の事実は争う。将来のベースアツプについては予測が不可能であり、これを考慮することは相当でない。
また、亡環は当時一歳九月の幼児であり、同女が一八歳に達するまでに要する養育費は損益相殺により控除されるべきである。
幼児の養育費として、少なくとも毎月金二万円を要することは経験則上明白である。したがつて、亡環が一八歳に達するまでの養育費として、少なくとも金三八四万円を損害額から控除すべきである。
(二) 同4(二)の事実のうち、原告らが亡環の父母で、その相続人であることは認める。
(三) 同4(三)の事実は争う。
(四) 同4(四)の事実は知らない。
(五) 同4(五)の事実のうち、原告らが主張どおり合計金一三七四万円の支払を受けたことは認める。
(六) 同4(六)の事実は争う。
三 抗弁
原告ちづ子は、被告征次から桃を買うため、亡環を抱いて戸外へ出、隣家の町田と共同して桃一箱を買つたが、これを町田と分けるために空箱を取りに一たん自宅に戻り、亡環に靴をはかせた後、二人で町田宅へ行つた。そして、原告ちづ子が町田と桃を分けているうち、亡環は原告ちづ子のもとを離れて戸外へ出、エンジンがかかつたまま停車していた本件車両の左側をよちよち歩いて行つた。他方、桃の販売を終えた被告征次は、車両後部から右側を回つて運転席に乗り、本件車両を発進させたところ、折から車両左前方に出た亡環に衝突したものである。
以上のとおり、エンジンがかかつており、仕事が終ればいつ発進するかも知れない本件車両の近くに、一歳九月の亡環を放置した原告ちづ子の過失は相当大きく賠償損害額を認定にするに当たつて十分にしん酌されるべきである。
四 抗弁に対する認否
原告ちづ子に過失があることは否認する。
本件事故は、前記のとおり、団地内の庭に等しい本件事故現場まで車両を進入させ、同所に停車して果物を販売した被告征次が、車両の周囲の安全を全く確認せず、販売終了のあいさつも発進の合図もせずに、運転席に乗るなりいきなり発進するという乱暴な運転をしたことに起因するものであり、被告征次の一方的過失により発生したものである。
第三証拠〔略〕
理由
一 請求の原因1(当事者)及び同2(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、請求の原因3(責任原因)について判断する。
1 被告正幸の責任
(一) 被告らが被告正幸名義の家屋に居住していること、被告実が果実販売業を経営し、大学受験のため勉学中の被告征次に果実販売のために本件車両を運転させていたことは当事者間に争いがない。
(二) 被告正幸本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第二号証、証人加藤政之の証言により真正に成立したものと認められる乙第三号証、同人の証言、被告正幸及び被告実の各本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
被告実が貨物自動車を使用して果実の車上販売業を始めたのは昭和四八年七月であるが、被告正幸は、その当時埼玉県膝折の油利精鋼という会社に勤務しており、昭和五〇年ころ同県三芳の荒山鉄工所に移り、その後昭和五二年一〇月から昭和五五年四月までは同県新座市の有限会社加藤商店の下請として、パレツト及び締め板の製造業に従事していた。もつとも、被告正幸は、同人の父が死亡した昭和五三年六月以降本件事故当時を含む約半年間は、右加藤商店の下請の仕事は実質的にはほとんどやつていなかつた。被告正幸は、右加藤商店の仕事をやめた後は、再び鉄鋼関係の仕事に戻り、現在は東京都東村山市の久保田鉄工内の新井組に勤務している。また、被告正幸は、被告実のやつている果実販売業については、仕入先まで自動車で品物を取りに行つたことは一回あるが、仕入先との交渉や車上販売を行つたことはなかつた。そして、果実販売業に関する金銭の管理は被告実が行つていた。
(三) 原告らは、被告正幸は、被告実と共同して果実販売業を経営していたものである旨主張する。
成立に争いのない甲第一七号証の一ないし四によれば、昭和五七年一月一二日当時において、被告らの居住する被告正幸名義の家屋の前に車上販売用のトラツクが駐車してあり、右家屋の側面に果物の倉庫が作られている状況が認められる。
しかし、被告実は、前記のとおり被告正幸名義の家屋に同居して果実販売業を営んでいるのであるから、右の事実のみでは被告正幸が被告実と共同して果実販売業を営んでいたものと推認することはできない。
また、被告正幸は、前記のとおり、昭和五三年六月以降本件事故当時を含む約半年間は、パレツト等製造業にはほとんど従事していなかつたものであるが、前記認定の被告正幸の職業歴に照らしてみると、被告正幸が右期間パレツト等製造業にはほとんど従事していなかつたことから直ちに果実販売業に関与していたものと推認することはできない。
他に、被告正幸が被告実の果実販売業に関して資金援助したとか、利益を享受したとか、共同経営をうかがわせる事実を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、被告正幸が自賠法第三条の運行供用者であることを認めるに足りる証拠はないから、原告らの主張は理由がない。
2 被告実の責任
被告実が本件車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者であることは当事者間に争いがないから、被告実は、自賠法第三条に基づき、本件事故により生じた後記損害を賠償する責任を負う。
3 被告征次の責任
成立に争いのない甲第一一号証の一ないし三、乙第一号証の八ないし一〇、一五、一八、二〇、二二、二四、三〇ないし三五、原告矢島ちづ子本人尋問の結果によれば、本件事故現場は、前記こぶし団地内にある幅員約三メートルの道路で、普段は一般車両の通行はほとんどなく、団地内の子供達の遊び場として使用されているような場所であつたこと、本件事故当日、被告征次が本件車両を停止させた事故現場付近には、原告矢島ちづ子、亡環、隣家の町田叔子のほか、事故を目撃した高山大ら小中学生三人や自転車に乗つた三歳位の男児もいたこと、被告征次は、原告矢島ちづ子と町田叔子に桃一箱を売り渡した後、車両の周囲の安全を確認せず、車両の左側をよちよち歩いていた亡環に気づくことなく、車両の後方から右側を通り運転席に上り、エンジンがかけたままにしてあつた本件車両のギアをロウに入れて発進させたこと、がそれぞれ認められる。
そうすると、被告征次は、自動車運転者として、前記のような道路状況から車両の近くに小さな子供がいることが予想されるので、発進する前に車両の周囲の安全を確認すべき注意義務があるのに、これを怠つた過失があるということができる。
なお、被告征次本人尋問の結果中には、被告征次は、運転席に上つてからハンドルを握つたままの状態で車両の前方の安全を確認したが、小さな子供の姿は見えなかつたから、亡環は本件車両前方の死角に入つていたと思うとの供述部分があるが、前記のとおり、被告征次が本件車両の運転席に上る前に車両の周囲の安全を確認しておれば、車両左側をよちよち歩きしていた亡環を発見することは可能であつたはずであり、したがつて本件事故の発生を未然に防止することはできたというべきであるから、被告征次の右供述部分は、同被告の過失の有無の判断を左右するものではない。
右の事実によれば、被告征次は、民法第七〇九条に基づき、本件事故により生じた後記損害を賠償する責任を負う。
4 被告セキノの責任
原告らは、被告セキノは、果実販売業につき金銭の管理を含めて全般的な統括をしていたものであると主張する。
被告征次本人尋問の結果中には、果実販売の収入は、母とか兄が管理していた旨の、被告セキノが果実販売の金銭の管理に関与していた趣旨の供述部分があるが、被告実及び被告セキノの各本人尋問の結果に照らすと、右供述部分をもつて被告セキノが果実販売の金銭の管理に関与しているものと認めることはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠もない。
そうすると、被告セキノが自賠法第三条の運行供用者であることを認めるに足りる証拠はないから、原告らの主張は理由がない。
三 次に、抗弁(過失相殺の主張)について判断する。
被告らは、損害賠償額の認定に当たり、本件車両の近くに一歳九月の亡環を放置した原告ちづ子の過失をしん酌すべきであると主張する。
しかしながら、前記認定のとおり、本件事故現場は団地内の子供達の遊び場として使用されているような場所であり、本件事故当日も停車中の本件車両付近には亡環を初め小さな子供がいたこと、そして、右のような状況から本件車両の近くに小さな子供がいることが予想されるのに、被告征次は発進する前に車両の周囲の安全確認を怠つたものであること、被告征次が車両の周囲の安全を確認しておれば、車両左側をよちよち歩きしていた亡環を発見することは可能であり、したがつて本件事故の発生を未然に防止することができたことに照らすと、たとえ原告ちづ子が事故直前に亡環から一時的に目を離したことがあつたとしても、これを賠償額の減額事由としてしん酌するまでの必要は認められないというべきであるから、被告らの右主張は採用することはできない。
四 進んで、損害について判断する。
1 原告らは、亡環の逸失利益の算定に当たり、第一に、算定の基礎とする平均賃金額については男女の区別を排し、全労働者の平均賃金額を基礎として算定すべきであると主張する。
しかし、逸失利益とは、当該被害者が事故に遭わなければ将来稼働して得たであろう利益(収入)を喪失したことによる損害であるから、通常、当該被害者が労働市場においてどれだけの収入を得る蓋然性があつたかを基準に算定すべきところ、現在の労働市場における男女の賃金格差が現実に存在することは否定できないし、亡環が本件事故に遭わなければ稼働を開始したであろう昭和六九年ころには右の格差が解消する蓋然性が高いものと認め得る証拠も存在しないから、原告ら主張のように、全労働者の平均賃金額を基礎として算定すべき積極的根拠を見出すことはできない。したがつて、亡環の逸失利益の算定に当たつては、賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計の女子労働者の全年齢平均賃金額を基礎として算定するのが相当である。
2 次に、原告らは、亡環の逸失利益を算定するに当たつて、少なくとも今後二〇年程度は平均賃金について年五パーセントのベースアツプが見込まれるのであるから、その場合ベースアツプによる平均賃金の上昇と年五パーセントの割合による中間利息の控除とが相殺されることになるから、亡環が一八歳に達する年までの分については中間利息を控除すべきではないと主張する。
成立に争いのない甲第八号証の一ないし三によれば、当庁昭和五〇年(ワ)第一〇七九七号ほか損害賠償請求事件において提出された川口弘作成の「鑑定書」と題する書面中には、昭和五四年五月当時において、今後の消費者物価上昇率は、長期的には平均年率四ないし五パーセントであると推定し得るとの記載があることが認められる。
しかし、平均賃金が将来にわたつて消費者物価上昇率を下回らない率のベースアツプにより上昇する蓋然性が高いことを認めるに足りる証拠はないし、また、今後昭和六九年まで毎年少くとも五パーセントを下回らないベースアツプがされる蓋然性が高いことを認めるに足りる証拠を発見することもできない。したがつて、原告らのこの点に関する主張は、その前提を欠き、採用することができない。
3 亡環の逸失利益
(一) 亡環は、本件事故当時一歳九月の女児であつたことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、同人は一八歳に達する年から六七歳に達する年までの四九年間稼働可能であつたものと認められるので、昭和五五年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計の女子労働者の全年齢平均賃金額である金一八三万四八〇〇円を基礎とし、そのうち生活費として三割を控除しライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して右四九年間の逸失利益の死亡時における現在価額を算定すると、次の計算式のとおり、合計金一〇一八万一一二一円(一円未満切捨て)となる。
1,834,800×(1-0.3)×(19.201-11.274)=10,181,121.7
なお、被告らは、亡環が一八歳に達するまでの養育費は損益相殺により控除されるべきであると主張するが、交通事故により死亡した幼児の損害賠償債権を相続した者が一方で幼児の養育費の支出を必要としなくなつた場合においても、右養育費と幼児の将来得べかりし収入との間には前者を後者から損益相殺の法理又はその類推適用により控除すべき損失と利得との同質性がなく、したがつて、幼児の財産上の損害賠償額の算定に当たりその将来得べかりし収入額から養育費を控除すべきものではないと解するのが相当であるから、被告らの右主張は採用することができない。
(二) 原告らが亡環の父母であり、その相続人であることは当事者間に争いがないので、原告らは、右(一)の金一〇一八万一一二一円の損害賠償債権の二分の一ずつ、金五〇九万五六〇円(一円未満切捨て)を相続により承継取得した。
4 慰藉料
弁論の全趣旨によれば、原告らは当時一歳九月の亡環を本件事故により死亡させられ、多大の精神的苦痛を被つたものと認められるところ、本件事故態様、その他諸般の事情を考慮すると、亡環の死亡による原告らに対する慰藉料は各金五〇〇万円が相当であると認められる。
5 葬祭費
弁論の全趣旨によれば、原告らは、亡環の葬祭費として金六四万円の支出を余儀なくされたものと認められるところ、右金額は本件事故と相当因果関係のある損害と認めることができるので、各原告について金三二万円が損害となる。
6 損害の填補
原告らが自動車損害賠償責任保険から金一三七四万円の支払を受け、各金六八七万円の損害の填補を受けたことは当事者間に争いがない。
したがつて、前記3ないし5の合計各金一〇四一万五六〇円から右填補額を控除すると、残額は各金三五四万五六〇円となる。
7 弁護士費用
本件事案の内容、性質、訴訟の経緯、認容額等、諸般の事情を考慮すると、原告らが本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求め得る弁護士費用は、各原告について金三五万円と認めるのが相当である。
8 合計
前記6の残額及び7の金額を合計すると、原告らの有する損害賠償債権は、各金三八九万五六〇円となる。
五 以上によれば、原告らの本訴請求は、被告実及び同征次に対し、各自、各金三八九万五六〇円及び内金三五四万五六〇円に対する不法行為の日である昭和五三年八月一八日以降、内金三五万円に対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五五年一月三一日以降各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、被告実及び同征次に対するその余の各請求並びに被告正幸及び同セキノに対する各請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 北川弘治 芝田俊文 富田善範)